2. 研究の発信と目的を考える
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1. 心理学研究の手順
1-1. 誰に向けて発信するのか
心理学研究は、本来は、自らが所属する研究者集団に向けて意図的に公表される
専門家集団が集団の知的な共有財産として学術成果を積み上げ、その営みによって学問的な体系を構築していくため
散発的な公表が続く場合もあるが、やがては研究成果間の関連性が吟味されていく
ある研究テーマに関する共有財産の知識を踏まえて他者が次の研究ステップへ進めば、その作業は個人やある研究チームがすべてを行うよりもはるかに研究効率が良い
ポイントは研究成果が信頼に足るものかどうか
科学においては、どんな手続きでどういう合理的な推論をし、どういう結論に至ったかという論理性が重要視される
他者が同じ手順を踏んでも再現性があるかどうかが重要 そのためには、専門的な情報を頻繁に発信・受信したりする場があると都合が良い
学会や研究会
研究者は学会や研究会に集まる専門家に対して、彼らが研究成果を信頼できるかどうかの手続き的な確認を取る余地を示す必要がある
1-2. 学術的成果を公開する場としての学会
心理学では、多くの学術的な学会が設立されて、研究交流を行っている
外国にも多くの類似した組織があり、地球規模の広がりがある
これらの学会の多くは、年に1回以上の全国的な研究発表大会を開催する
学会とは何をするところか
一種の学術的な共有の場
研究発表会、講演会などの開催、学会誌、研究報告書及びその他の資料の刊行など
それぞれの学会は専門雑誌(学会誌)を発行している
投稿された多くの論文の中から査読を経た学術論文が掲載される
1-3. 研究発表に至る手順
大まかな流れをイメージ
心理学は行動と心的過程を扱う科学であり、また実践の科学でもある
前者は人間理解に関する哲学的な疑問から出発したものの、科学に傾斜することによって心理学という独自性を確立してきた面
後者は教育介入や臨床的介入などに科学性を重視することによって心理学の独自性を確立しつつある面
心理学研究を理解することは、科学的な視点を持って心理学的な実践を行うことの力になる
たとえば、臨床的な領域においては、科学的な根拠に基づく臨床的な心理実践を行うことにつながる
あるいは、地域やコミュニティの日常生活の中で、科学的な視点から物事を見て、そこから疑問を抱き、良質のアクション・リサーチのような改善的行為を促進することにつながる
研究テーマの決定
1. 疑問点の把握
行動と心的過程の科学としての心理学と、実践の科学としての心理学は、疑問点についての扱い方が少しばかり異なる
2. 文献研究を行い、リサーチ・クエスチョンを選択
文献研究を行うことと、リサーチ・クエスチョンを定めることとは不可分の関係にある
文献研究では、これまでに何がわかっていて、何がわかっていないのかの現状点検をする
学会誌や学会発表論文あるいは著書が公表されているので調べる
リサーチ・クエスチョンに関してすでにだれかが明らかにしているのであれば、自分で研究を行う必要がない
もし明らかになっていない場合には、その疑問に関する研究テーマが心理学の体系の中でどのような位置にあるのかを確認していく
リサーチ・クエスチョンは、データに基づく因果関係の証明なのか、相関的関係の実証なのか、存在をデータ上で実証するのかなどによって研究計画が異なってくる
因果関係の証明であるなら、原因側の諸要因のリストは何なのか、どの要因が実証されているのかという文献研究が重要になる
相関的関係の実証ならば、諸要因の相関的研究の研究論文の概観が重要になる
実践的な介入ならば、どんな条件でどんな方法で介入したらどのような改善効果が得られたのかという過去や類似の実践報告の事例集が重要になる
3. リサーチ・クエスチョンのスタイルを決める
研究計画は、「私はこの研究方法や手続きによって、こんなことを調べる」「このような結果を実証することをめざす」といった内容を含む
研究計画を立てるということは、データ収集の方法や、結果の分析方法を事前に想定しておくということでもある
この時に重要なこと
対象者や対象施設などの確保
研究にかかる費用
研究日程
倫理的配慮など
これらを点検し、実現可能性を検討した結果、場合によっては実行できない研究計画と判明することもある
研究実施にあたって組織内の研究倫理委員会のようなところからストップがかかる場合もある
結果の分析方法を想定しておくことの重要性はいうまでもない
実践法や調査的方法あるいは面接法のいずれの研究方法を用いるかによって結論の導き方が異なってくる
結論の導き方は、収集したデータの統計解析技法に依存する
研究法や統計解析技法の重要さは結論の導き方に影響する
したがって、研究法に習熟することは非常に重要になる
研究の実施
4. 研究計画の実施
5. 結果の分析
結果の分析は心理学の専門家集団において合意されているデータ処理の技法に基づくべきである
6. 結果の考察
結果は論理的に考察されるべきである
第3者が同一の手続きで研究を行うことによっても、結論が再現できる可能性を担保するため
研究の発表
7. 研究の発表
研究結果の公表では発表する学会や研究会にどのような学術的貢献を果たすのかが明確にされていることが望ましい
他の研究者に貢献し、また心理学の体系に適切に位置づけられる可能性が高まる
すなわち、貢献しようとする学会や研究会を決めて、そこに研究成果の参入をすることになる
もちろん、公表にあたっては、研究協力者に対する倫理的配慮に留意する必要がある
2. 研究の発表
2-1. 研究発表の意味
学会や研究会には研究成果という名前の暫定的な最新情報が上がっている
その最新情報がどのように評価されるかは、既に存在する研究成果との関係が焦点になる
そのために、研究の公表、つまりは参入にあたっては、通常、その研究が新たにどのような貢献を果たす事ができるかを意図的に強調して発表する
これにより、誤解がかなり回避される
すでに発表された研究aがあり、今、それに言及する新しい研究bが参入したとする
私たちは研究aと研究bの2つの研究成果を知ることになるので、研究aと研究bを統合した総合的な結論Aが生じることになる
結論Aとは、たとえば「研究bの結果からは、研究aの結果は実証できない」とか「研究aの手続き的不備を改善した研究bによっても研究aは実証された」など
このときにたとえば2つの研究の流れが発生することがある
研究bに関連して、新しい論点から研究cが発表され、さらに研究cに対して研究dが発表されると、場合によっては研究a, b, cの学術的な価値が消滅してしまうことも起こりうる
研究a, bを総括した結論Aが生まれ、結論Aに対して新しく修正的な研究eが発表される
もちろん、この研究a~eまでを含む構図そのものが1つの研究群とみなされ、さらに新奇研究が参入してくることもある
研究は学術的な体系に貢献することを意図して行われるので、研究法や技法が不適切であったり、統計処理が誤っていたりすることは大きな悪影響をもたらす
それゆえ、他者が再現して確認する研究手続きや研究法が非常に重要になる
2-2. 目標との関連からみた参入パターン
追試的確認
先行研究の再現性をすばやく確認する
事実確認という裏付けを取ることであり、自然科学の世界では基本的な手順である
この確認作業によって研究成果の信頼性が高まる
文化的検証
異なる文化、地域、国々などで一般化(あるいは限定)する
外国の研究成果aが日本でも同様の結果になるかどうか、地域差、異文化の影響はどうかなどを確認する研究b
時代差の検証
過去の研究成果を現代でも一般化(あるいは限定)する
過去の研究aが、時代の変化に伴ってなお現在も実証的に確認できるかどうか
異領域への拡張
別領域、別ジャンルで一般化(あるいは限定)する
たとえば家族内の親子関係の機能が会社の人間関係においても同様に働くのかなどの研究
過程の人間関係で導き出されたモデル(研究a)が、会社内でもモデルとして実証的に適合しているか否か(研究b)とか、関連要因間の相関パターンが両者で類似しているかどうかなど
条件の拡張
同一パラダイム内で一般化(あるいは限定)する
ある先行的な実験的研究aに関して条件を拡張して、結果がさらに一般化(あるいは限定)できるか否かを研究として実施する場合など
適用年齢の拡張
調査対象の年齢を一般化(あるいは限定)する
先行研究aで得られた成果について発達的に別の年齢に対しても調べて(研究b)、成果の一般化や限定化をする研究
実証的な統合
諸研究の矛盾を解消して発展的に統合する
発表された諸研究の矛盾や対立を解消して発展的な説明や成果を発表する研究
技術的な改良
新技術・技法を提案する
統計的な解析法や実験装置の新技術・新技法を提案する
従来の技法aよりも改善された技法bを公表するような研究
理論の実証
データのない理論的・体験的仮説を実証する
体験に基づく信念や言説をデータによって実証する研究
質的成果の加除
事例のラインナップを増やす
その領域の事例リストのデータベースを豊富にする研究
事例が豊富になると、新発見があったとき、それが珍しい発見か否かを検討する判断材料になるし、多くの事例から帰納法的に考察して仮説を創出し、それを理論の検証パターンへと導くことができる
3. 研究倫理
3-1. ミルグラムの実験から
研究倫理の問題は心理学研究を推進する時に避けて通れない課題
実験参加者の身体的・精神的苦痛という犠牲なくしては成立しない
3-2. 研究倫理の内容
患者が医学的治療や手続きを受けるとき、または研究参加者/被験者が実験や調査に参加するときに、手続き的内容、潜在的リスクや利益について事前に十分な情報を与えられ、自らの意思で受診、参加する同意のこと
アメリカ心理学会とイギリス心理学会の発行した研究倫理原則においてはインフォームド・コンセントが望ましいとされているが、実行不可能な場合(研究対象が若年であったり精神障害のために同意する能力がない場合など)や、非実用的な場合(調査のために欺くことが必要な場合など)もある。
デブリーフィングは、実験参加者/被験者に、研究の目的を事後に説明すること。実験にデセプション(嘘、だまし)がある場合、それも説明する。研究参加者が研究に参加したことさえ気づかないこともある自然観察(法)では実行できない場合もあるが、米国心理学会、イギリス心理学会や他の専門団体の倫理規定は、可能なときはかならずデブリーフィングを行うよう推奨している 研究目的にかなう研究遂行が可能かどうかという実現性は、これら手続きに依存する
3-3. 研究倫理のこれから
諸学会では研究倫理について配慮が進みつつある
大学や研究機関などでは組織内に倫理委員会が設置され、研究着手前に第三者を含む事前点検が義務付けられることが通例になってきた
これは心理学者が、職業倫理、大学などでの教育者としての倫理、研究倫理という少なくとも3つの倫理性を問われるようになってきたため
倫理行為規則は価値システムの色彩が濃いといわれる
したがって、文化やこれまでの慣習に大きく依存する面を残している